kiss after

 



 

 

初めて抱いた女は、赤みの強い栗色の髪の妓だった。
里を飛び出して行った阿呆を待ち続ける、初恋の少女の桃色の髪を思い出させるただ髪の色だけで選んだ女。
奇妙に温かい、しっとりと柔らかい女の洞に欲望を吐き出して感じたのは、後味の悪い空しさだった。身体は異様にすっきりしているのに、口の中はひどく苦かった。
身近な人間に似た女を金で買うなんて、 馬鹿な真似をしたと思った。
次に抱いたのは、白い肌とほっそりとした肢体。病でも患っているんじゃないかと思わせる色素のぬけた髪の女だった。
知っている女には似ていない、けれど懐かしく感じる女。
白い肌に歯を立てて、ほっそりとした肢体を抱きしめて。
色素のぬけた長い髪をすき上げて、膨れ上がった欲望を吐き出す瞬間、銀色の影が脳裏に閃いた。
ふたつとして同じものはない、煌く白銀の。

 


その夜。
ナルトはその女が気を失うまで抱いた。抱き潰した。
初恋の少女の髪に似た女を抱いた時のような後味の悪さは微塵もなかった。
あったのは、ただ。
あの人が、欲しい。
ただ、それだけ。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 kiss after 2

 



 「ありがとうございましたー」
店番の少女の軽やかな声を背中で受けて、ナルトは店から出た。
包んでもらった品物を入れたビニール袋を一度緊張した様子で眺め、それから意を決したように歩き出す。
買ったものは湯飲み。
先日、カカシの部屋でひとつしかない湯飲みを砕いてしまったのはナルトだ。
カカシはそれを責めることなく、むしろ破片の食い込んだナルトの掌を心配していたが、落ち着いてくれば居たたまれなくなるのは当然だった。
カカシは里で一番忙しい忍びだ。
任務、任務、任務。それがなくても、資料班で医療班でもいろんな理由で引っ張られていく。
そんなカカシが新しい湯飲みを買いにいっているとは思えない。ないならないで、茶碗でお茶を飲むくらいは平気でするだろう。
その様子が簡単に想像できて、ナルトはなんとなくげっそりと肩を落とした。
あれであの見た目っていうのは、まったくの詐欺だと深々と息をつく。
白銀の髪。色違いの瞳。抜けるように白い肌。
綺麗な綺麗な、カカシ。
抜き身の刃のような人だと、そう思っていた。
薄く、鋭く、冷たい。
彼の振るう刃の切り口のような人だと。
けれど、自分には初対面の時から甘かった。サスケが勘違いするほど、とても。
ナルトはその境遇から本能的に自分に害にならない人間を見極める。カカシは自分に甘く、けして傷つけはしない。それがわかっていた。だからこそ我侭も言えたのだ。
しかし、あの日。
あの、燃えるような夕暮れと、天気雨の降った日。
すらりと、鞘から刃を抜いたような気配を叩きつけられた、あの日。
感じたのは。

 


どうしようもないほどの、歓喜だった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 kiss after 3

 



今にして思えば、あの人は常にナルトの守護者だった。
アカデミーを卒業するまで、ナルトを無条件に守ってくれる人間は一人もいなかった。
イルカは生徒の一人として皆と平等に見てくれたけれど、彼の中にある一筋のためらいに気付けないほど、ナルトは負の感情に鈍感ではいられない子供だった。
三代目火影は生活を保障してくれたけれど、立場上やはりナルトだけを特別扱いにはしなかった。里の子供は全て同じ(子供の頃のナルトにはそれが不満だった)と、普通の子供と同じように扱って。
ナルトを守ってくれたのは、カカシだけだったのだ。
けして対等ではない、彼の羽の下で守られるだけの存在である自分。それをくすぐったいほど嬉しいと感じていられたのは、サスケの兄だといううちはイタチによって、カカシが目覚めない眠りにつくまでだった。
病院の白いベッドの上、昏々と眠り続けるカカシは、まるで死人のようで。
青ざめるを通り越して、蝋のように白い肌。
どんなに騒いでも開かれることのない目。
今ならその口布を下ろして顔を拝むことも簡単だと、そんな悪戯さえ思いつかなかった。
カカシは強い。
上には上がいるのだとカカシは何度も口にしていたし、実際、大蛇丸にはカカシですら手も足も出なかったらしい。うちはイタチにも、だ。
それでもナルトにとって、カカシは強い大人だった。カカシよりも強い忍びがいたとしても、世界は広いのだからと思えた。
けれど。
こんなのはない。
ベッドで眠るカカシを目の当たりにして、ナルトは呆然と思った。
カカシは強い。けれどそのカカシよりも強い人間はいくらでもいる。そんなことはわかっている。だけど、これはなんだ。なんなのだ。
ナルトはその時、実感したのだ。
カカシよりも強い人間はいくらでもいる。それはつまり、カカシを殺せる人間はいくらでもいるのだということを。
その瞬間、腹の中のものがぞわりと蠢いた。
金色の獣が、赤く光る目を細めて、鋭い爪と牙を鳴らしている。
‥‥‥もしも今、目の前にサスケの兄がいたならば、金色の獣はナルトの枷を容易く引きちぎって喰らいついていたかもしれない。
己の内に蠢く不穏な感情に、ナルトは困惑しつつも、思った。
――――強くならなければ。
誰よりも、カカシよりもずっと、強くならなければならない。
強く、強く、強く!
カカシに守られるばかりではなく、守れる人間になりたい。
だから。
綱手を呼び戻し、カカシとサスケを目覚めさせ、サスケの里抜けを止めさせるべく追いかけて叶わず、それでも思いは変わらなかった。
強く、なりたい。
あの人と対等の忍びでありたい。
自来也との修行は、自分をそうさせてくれるはずだ。
そうして、ナルトは自来也とともに修行の旅に出た。その二年半で覚えたのはチャクラコントロールや術だけでなく、イルカあたりが聞いたら卒倒しそうな悪い遊びもあったけれど、そこでナルトは自覚したのだ。
カカシを守りたいと思った、その思いが何なのか。
色素の薄い髪の妓女を抱きながらという、最低な自覚だったけれど。
あの人を守りたい。
そして。
――――あの人が、欲しい。
身も心も。