酒は飲んでも飲まれるな

 

 

 子供はあっという間に大人になる。
 カカシがそれを実感したのは、慣れた手つきでぐい飲みを傾ける姿を見た時かもしれない。
「いける口だねえ」
 辛口の酒を飲み干し、美味そうに唇を舐めるサスケに、カカシは嬉しそうに笑った。
 これはやはりあれだろうか。三年間師事した師匠が蛇だったから、弟子もウワバミになるのだろうか。大蛇丸を筆頭に、かつての三忍は居酒屋に出入り禁止を食らうほど大酒飲み揃いだった。
 大騒ぎの末に里抜けをして、また大騒ぎの果てに里に戻ってきた弟子が、一升瓶片手にカカシを尋ねてきたのは一時間ほど前のことだ。
 すでに生産終了した幻の酒に目を輝かせたカカシは、いそいそとサスケを部屋に上げた。
 五月蝿いご意見番たちを納得させるためにつけた監視役の暗部たちの慌てる気配を感じたが知ったことか。ここでサスケを追い返せばこの酒はもう飲めない。そんな確信があった。
 サスケはよく言えば真っ直ぐ。ふざけて言えばイノシシだ。
 クールなように見えて猪突猛進を絵に描いたような子供だった。
 そんなサスケだから、自分に持ってきた酒が無駄になれば、その場で叩き割りかねない。
 そんなもったいない事が出来るものか。
「どこで手に入れたのよ、こんないい酒」
「家の地下にあった」
「なるほどねー。うちは本家秘蔵の酒か」
 今となってはもう楽しむ人間もいない。ならば一人残されたサスケと飲むのは亡き当主殿も喜んでくれるかもしれない。まあ、自分が相伴に預かっているのは不本意だろうが。
 ちょうど五代目からカツオのいいのを貰ったばかりで、軽く炙って肴にした。
 美味い酒と美味い肴。
 目の前にはまだまだ成長途中だけれど充分すぎる美丈夫。
 幸せだなあと、カカシは息を吐いた。
 だが、しかし。
「で?」
 カカシは問うた。
「何か用があったんでしょ? どうしたの?」
 誰かに苛められた?とふざけて言えば、そんなわけあるかと苦虫を噛み潰したような顔で返された。
 しかし、実際針の筵に座らされているようなものだろう。
 血系限界の名家の御曹司が里抜けするのも初めてなら、目的を果たしたからとのこのこ帰ってくるのも初めてだ。恥知らずと謗られても仕方がない。
 それでも歓迎される、能力と血が妬まれるのも。
「罵声を浴びるも石を投げられるのも覚悟していた。連中の言い分は当然のことだしな。それでも俺は俺のやれることをやるだけだ。この木の葉でな」
「おっとこまえー」
 静かに思いを告げるサスケに、カカシは柔らかく微笑んだ。
 本当に、成長したものだ。
「じゃあ、どうしたの? まさか先生と酒が飲みたかっただけですって?」
「もちろん、本題は別にある」
「ふうん?」
 カカシはことんと首を傾げた。
「カカシ」
 サスケはぐい飲みを床に置き、真っ直ぐにカカシを見つめた。
 闇などよりもさらに深い、混じりけのない漆黒の瞳。
 ただただ、真摯に、真っ直ぐに。
 カカシを見つめる。
 その視線に、カカシは脳裏に危険信号が閃くのを感じた。この目は、かつて見たことがある。
 ――――デジャブ。
 ヤバイ。まずい。メッチャクチャ危ない。
 今すぐサスケの口を閉ざさなければならない。そう思った。
 けれど。
「あんたが好きだ」
 ‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥ああ、言っちゃったよ、こいつ‥‥‥
 目の前が暗くなる。
 サスケの自分の呼ぶ声が遠い。
 今は亡き警務部隊隊長が、炎を背負って仁王立ちする姿が脳裏をよぎった。

 

 うちはのご当主殿、すいません。
 ご長男に引き続き、次男まで変な道に引き込んじゃったみたいです‥‥‥

 


 とりあえず。
 カカシは意識を飛ばして楽になるのをぐっとこらえて、元弟子の首根っこを引っつかんで外に放り出した。盛大な文句が上がるが気にしてられない。
 元弟子を締め出したカカシは、飲み残した酒の瓶にきっちり蓋をして暗いところにしまうと、よろよろとベッドに倒れこむ。
「‥‥‥イタチー、ごめんよー。おまえが特別変なんじゃなかったんだな」
 かつて同じように蹴りだした暗部の後輩に謝りながら、カカシはようやく気を失うことを自分に許したのだった。
 そして。
 若造の猛アタックに悲鳴を上げるのは、この翌日から。
 歴史は繰り返される。
 イタチ在籍時から暗部に所属していた者たちは、つくづく似たもの兄弟だったんだなと懐かしく頷きあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 木の葉の女子の萌え事情

 

 

 

びゅおう、びゅおうと。風が吹く。
荒野の只中、少し高い位置に立つサスケを、サクラはナルトより少し下がった位置から見上げていた。
数ヶ月前に音隠れの隠れ里で再会した時とは比べ物にならない程、サスケの顔色は健康的だ。あの時にはなかった、覇気のようなものさえ感じられる。
そして、何よりも。
その傍らに三人の少年少女が立っている。
大蛇丸の側に立ちながら孤独だったあの時とはまったく違う、連帯感のようなものさえ感じさせて。
仲間、なのだ。彼らは。サスケの。
サクラは。
――――サクラは。
きゅっと唇をかみ締めると、徐にポーチに手を伸ばす。
そして。

カシャッ!

「? サクラ?」
傍らのサイが不思議そうに問うてきても答えない。たった今撮った写真を転送することに集中する。
ちゃりら〜んと、風の吹く荒野に間のぬけた明るい効果音が流れると、それから間をおくことなく携帯の呼び出し音が鳴った。

 


「あ、イノ?! 見た?!」
「そうっ! 凄いでしょ?! ちょっともうさすがあたしのサスケ君よ! 美少年には美少年が寄ってくるのね!」
「あたし初めて大蛇丸に感謝したわっ! あの服を見た時は内心ドン引きだったけど、ななななななんかもう色気は増してるしもうこうなればなんでもいいかなって!」
「でしょー?! 隣の男の子も綺麗だし女はまあ邪魔だけどよしとして妄想しがいがあるっていうか!」
「それ売れそう?! じゃあもうちょっと画像よくしないと無理じゃない? いける?」
「わかったわ! 頑張るわ私! カカシ先生の素顔寝姿以上の大ヒットは見込めないにしても、絡みがあればどうにかなるわよねっ!」
「OK。そっちは任せたわ、じゃあね」

サクラはほうっとため息をつくと、いい笑顔を浮かべながら、言った。
「さ、続けましょうか」

 


「‥‥‥ナルト」
「なんだってばよ」
「サクラはどこに向かってるんだ?」
「知らねえよもう(涙声)」
「‥‥‥‥‥‥おい」
「カカシ先生の素顔寝姿写真集なら俺の大事な夜のオカズだから見せねえってば」
「いらねえよそんなガビガビしてそうなもん。‥‥‥新しいのは買えないのか」
「サクラちゃんならもってそうだけど、その代わりを要求されると思うぞ?」
「‥‥‥(無言)」
「サッ、サスケ! それってばおまえ!」
「カカシの下忍以前の写真。大蛇丸から巻き上げた」
「うおおおおおおっ! すげえ可愛いっ! 天使だってばよ!」
「コピーならやらんこともない」


水月はぽつりと、仲間二人に呟いた。
「‥‥‥木の葉って」

 

 


オチはない。意味もない。あるのは萌えのみ。それが木の葉の女子。