少年ハート ―犬を拾いました―
散歩の最中、犬を拾った。
人間は様々な地形を自分たちの都合で作り変えてきたけれど、大きな川の流れにはさすがに手をつけられなかった。作り変える際にかかる金額を省みただけで、人間の労働力が安かった時代だったならばとっくに弄られつくしていただろう。
そんな第一級河川の、コンクリートに覆われた川べりで。
はたけカカシは犬を拾った。
「なにしてるの?」
「あ?」
犬はぎろりと睨みつけてきた。
寝心地なんか絶対に良くないだろうコンクリートの上で大の字になった犬。まだ高い日の光を受けてきらきらと光る毛並みは金色。
犬の喧嘩は路地とか公園とか、暗いところでやるもんだとばかりと思ってたなあと、カカシはのんきな感想を持った。
かつては草が茂っていた河川敷だっただろう護岸には、明るい日の光が降り注いでいる。水質の改善されてきている川面には時折銀色の魚影が光を弾き、白い水鳥が気持ちよさそうに浮いている。
遠くからは子供の声が聞こえ、穏やかで健康的な昼下がりだった。
「負けたの?」
「負けてたらこんなところで悠長にしてられるかよ」
ふうんと鼻を鳴らす。
「じゃあ勝ったんだ」
「ったりまえだろっ。なんなんだよ、おまえ!」
「拾ってあげようか」
「はあ?」
「だから、拾ってあげるよ。感謝しなさいね、わんこ」
「誰がワンコだ! 大体なんで感謝なんか!」
「気づいてないようだけど、ここっておまわりさんのパトロール区域なのね。ほら、橋の下で寝泊りする人多いでしょ。積極的に追い払いはしないけど、人数を数えたり、お年を召した方が亡くなってないか確認するためにね、毎日来るの。で、そろそろその時間」
「‥‥‥げ」
金色の犬は嫌そうに顔を顰めた。その拍子に殴られた傷が引き攣れたらしく、今度は痛そうに眉を顰める。
あ、ちょっと美形な犬かも。
カカシは犬を見下ろしたまま、ちょっと笑った。
犬はとても勝ったとは思えないぼろぼろの様子だったけれど、荒削りな貌は充分整っていた。
「どうする。俺に拾われる? それともおまわりさんに保健所につれてかれる? 選ばせてあげるよ」
「こっから逃げれば済む話じゃねーか」
「動けるんだ?」
笑顔でそう指摘してやれば、犬は黙りこくった。
おそらく、喧嘩をした場所はここではないのだ。勝ったというのも本当だろう。昨今の手加減を知らないガキどもが動ける程度に収めるはずがない。勝ったからこそ、今こいつはここにいる。
だが、それもここまでだったのは確認するまでもない。それほどの傷み具合だった。
犬は悔しそうに唸りながらも迷っているようだった。
見るからに日本人ではない色彩を纏った怪しい風体の男に拾われるか。警官に補導されるか。
前者を選ぶほどまだ自分を安くしていないとわかって、カカシは少しだけ安心した。
「ほら、早く。俺のマンションはここのすぐ近くだからさ。うずまきナルトくん」
名前を呼ばれた犬は、その蒼い瞳に稲妻のように警戒の光を迸らせた。何で知ってるんだと目だけで問うてくるのに、カカシはくすりと笑う。
「有名だよ。転任してきたばかりの教師が、うちの学校の要注意人物ですって写真付きのリストを見せられるくらいには」
「‥‥‥なんだよ、それ。あんた教師かよ」
犬はどっと疲れたように力を抜いた。
結局のところ補導されるのと変わらないのだと思ったようだ。
けれど。
「転任前だって言ったろ? 今の俺は教員免許を持ったただのプーだよ。でかい犬を見かけたらつい手を伸ばしてしまうだけのね」
「犬じゃねえ」
「犬じゃないならここに放っていくよ。犬だから拾うんだよ」
犬はぐるぐると唸り始めた。
少年らしい高いプライドが犬扱いをよしとしていないらしい。
だが、迷っていられる時間は短い。
やがて、心底嫌そうに、不承不承、口を開いた。
「‥‥‥わん」
「よし」
カカシは犬を拾った。
マンションに連れ帰った犬を洗ってやって、傷の手当てをして、餌をあげたら、新年度が始まるまでの一週間、犬はそのまま居ついてしまった。
でかい図体は邪魔だったけれど、きらきら光る金色の毛並みを思う存分に撫でることができて、カカシはご満悦だった。犬は意外に静かで無駄吠えもしなかったので、まあいいかと放っていたのが運のツキ。
明日には自分の小屋に帰りなさいねと告げたその夜。
犬はあろうことか、カカシにマウントしてきた。
着ていた服を剥ぎ取り、裸の身体を思う存分舐めて、弄り。
子犬のものとは思えない成長したそれを、カカシの本来受け入れる箇所ではないところに突き入れた。
カーテン越し、外が明るくなるまで揺さぶられ、擦られ、喘がされ。
中を存分に濡らされて。
もう指一本動かせないというほど疲れきったカカシの耳元で、犬は甘く囁いたのだ。
‥‥‥一度拾ったら最後まで面倒見なさいって、先生の台詞だよな。
それからというもの、犬は三日とあけずに通うようになった。
意外に読書好きだったらしい犬は、山と詰まれた蔵書の中から旅関連の本を見つけては読みふけり、カカシのために食事を作り、夜にはカカシにのしかかる。
あっというまに大きな子犬から成犬に成長した犬の体力は半端ではなく、カカシはいつも最後には意識を飛ばす。そうして我に返れば、身体は綺麗に清められ、ぐちゃぐちゃに濡れたベッド周りも整えられている。
犬はさっぱりした顔でカカシにじゃれて、まるでマーキングするかのように匂いをつける。
あーあと思った。
‥‥‥あーあ。
「重いよ、わんこ」
「わん」
犬は楽しそうに笑いながら、カカシの咽喉に噛み付いた。
この噛み癖も何とかしなければと思った。
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