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大人になると子供の頃は見えていた綺麗なものが見えなくなると、大人はそうほろ苦く笑うけれど。
逆に、子供の頃はわからなかったものが大人になってようやくわかることだってある。
ナルトはそう思う。
だって、ほら。
見上げるほど大きかった人が今は見下ろせる。そうして初めて知る、頼りない肩。肉付きの薄い細い手首。
‥‥‥抜けるように白い肌。
あれだけごてごてと隠すんだからきっとブサイクなんだぜーなんて単純に考えていた子供の頃の俺。綺麗過ぎるから隠さなきゃいけないこともあるのだと、里の外に出て初めて知った。
「ナルト?」
くすんだ銀混じりの青い瞳が向けられる。
いつも眠そうな眼差しで、とても優しく見つめてくれるのだと、これは子供の頃から知っている。
「どうしたの、おまえ」
「や、先生美人だなーと」
「そう? ありがとう」
忍びとはまず己を知らなければいならない。
年を重ねても優秀な忍びであり続ける師匠は、自分の容貌をよく知っているらしい。特に嬉しがるでもなく返される。まあ、美人と言われて喜ぶ男もどうかと思うが。
興味をなくしたようにエロ本に目を戻す師匠に焦れる。もっと自分を見て欲しいのに。
子供の頃なら腕を掴んで揺さぶって、かまってくれ!と我侭も言えたかもしれない。けれど、格好つけたいお年頃ともなればそんな子供じみた真似は気が引ける。子供の顔をして付け込めばほだされてくれるとわかっていても、そんな駆け引きは出来そうにない。今はまだ。
栄養が足りてなくて、身体も心も未成熟だったあの頃。
あの頃に出来たことが今は出来ない。
けれど。
ナルトは師匠の意識を独占しているエロ本をひょいっと取り上げる。なにすんのと向けられる視線に、にっと笑いかけて。
大人にならなきゃできないこともいくらでもあると、ナルトはもう知っている。
だから。
幽玄の美貌を覆い隠す、無粋なマスクに指をかけて。
そして。
 

数分後、綱手も真っ青のデコピンで額を弾かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
子供の領分

 

「カカシ先生って絶対子供の頃から【美人】だったんだろうな」
「‥‥‥なに、それ」
珍しく二人ともが非番のある日、どんなに蹴りだしても懲りずにやってくる教え子が突然言った。
リビングのソファで水の国の新聞を読んでいたカカシは、直に床に座って巻物を眺めている(読み込むのではなくまさしく眺めていた)金色の後頭部を呆れた風に見下ろす。
「いやさ。こないだの任務で火の国で大人気だっていうアイドルの護衛に付いたんだけど」
「ナルトー。守秘義務って知ってるかー?」
「そのアイドルを映したカメラに俺もばっちり入ってるから今更だってば」
カカシはため息をついた。
護衛の忍びの姿を映像に収めるなんて契約違反もいいとこだ。いくら世界が安定し、平和な世の中に移行していようと、殺し殺される任務につく忍びの顔が公に出るのはいいことではない。
気持ちは、わからないでもないけれど。
成長したナルトは美青年と評判だった父親に似て、それはもういい男に育った。黙っていれば父親似の繊細な造作といえなくもないのだが、その気性と豊かな表情が、ナルトを荒削りで男らしい美貌に見せている。
どちらも知っているカカシにしてみれば、同じ造作でも中身が違えばこれほど印象が変わるのかと感心したほどだ。
ともあれ、これだけ将来有望ないい男なのだ。きっとカメラマンも無意識に追ってしまったのだろう。
その辺の抗議は五代目がすませてるだろうと、カカシは新聞に目を戻す。
「でさ、そのアイドルが生意気だの何のって! 自分が可愛いのがわかってるから裏表激しいし」
「よくある話だね。女の子?」
「そうだってば」
「じゃあ余計だ。女は年齢に関係なくいつまでも女だよ」
「げー」
ナルトは嫌そうに舌を出した。
自来也について旅をしていた三年の間、遊郭に滞在することなどしょっちゅうだった。そこでお姐さんたちに可愛がってもらったついでに女の裏表も教えてもらっていたナルトは、多分同期の中で一番女の現実を知っている。
カカシはちらりとナルトを見る。
多分、その少女はナルトの気を引きたかったのだろう。
サスケのような王子様タイプは遠くから眺めてはしゃぐのが楽しいらしいが、やんちゃ小僧そのままのナルトは身近だからこそ、自分だけを見て欲しいと女の子に思わせるのだ。
いい感じに成長したねえと、カカシは新聞を捲った。
「で、さ。その子が火の国の国民的美少女って奴だって聞いてさ、え、これで?っとか思って」
「おまえ、そんなこと面と向かって言わなかっただろうね」
「言わねえってばよ。そんなの紅先生の目の前で化粧濃すぎって言うようなもんじゃねえか」
「‥‥‥そっちも口にしないよう気をつけな」
「ラジャ」
ナルトはぴっと敬礼してみせた。
「そいつ、確かに可愛いんだけど、美少女ってのはどうかなあって思ってさ。てか、アイドルっていっても十二歳の子供だぜ? なのに無理に化粧して可愛いのを【美人】にしてんの。それって違うくね?」
「そうだねえ」
「でもさ、カカシ先生だったら化粧しなくても子供の頃から【美人】だったんだろうなーって」
「ナルト」
「ん?」
ごろにゃんv と、師匠の太腿に顎を乗せて首を傾げる。子供の頃なら可愛かったかもしれないが、十八を目前にした図体だけはでかく育った少年以上青年未満がやると微妙だ。
物凄く微妙だ。
「根本的に何か間違ってることに気づかない?」
「男と女を比べるなって?」
「わかってるんじゃないの」
「でもさー、俺の知ってる人間の中で、ダントツの美人ってカカシ先生だし」
ちょっと遅れてサスケ?と、少し嫌そうに口にする。
あれだけ大騒ぎしてサスケを里に連れ戻したというのに、奴に対しての対抗意識は健在らしい。それでもサスケの顔だけは認めているあたり、なんというか、こう。
「‥‥‥ナルト。おまえ、男の方が好き?」
「カカシ先生以外の男は踏み潰してもかまわないって思ってるってば。あ、でもイルカ先生は特別枠で」
ナルトは真面目な顔できっぱりと言い切った。
とりあえず、少し安心する。
「ナルト、紅は美人だと思うか」
「紅先生は美人だってばよ? ただ好みじゃないだけ」
清々しいほどはっきりと答えられて、カカシは困った表情をする。とりあえず好みはともかく審美感は正常らしい。
「てゆーかさ、俺ってばエロ仙人の付き合いで遊郭のはしごなんて当たり前だったわけでさ、美人は見飽きてんの」
「‥‥‥‥‥‥それ、イルカ先生には言ってやるなよ」
「わかってるよ。美人に見飽きたなんて口にしたら、寂しい一人身連中に首絞められるってばさ」
でもさーと、ナルトは笑った。
「先生は飽きないんだよな。何度見ても息が止まる」
「人の顔を最終兵器みたいに」
カカシはやれやれと息を吐いた。
「だって仕方がないってばよ」
「なにが」
「わかんねえ?」
煌く青い瞳が、挑むようにカカシを射る。
隠し切れない欲と、熱と。
子供が持ちえるはずのないそれを感じ取ったカカシは、心底困ったといいたげなため息をつき、ナルトの額を軽く弾いた。
「おまえに駆け引きなんて十年早いよ」
「もう子供じゃねえよ?」
「わかってるよ」
カカシは薄く微笑み、新聞を畳む。
「子供はこんなことしないしねえ」
言いながら、太腿を撫でる不埒な手を叩く。
ナルトはちえっと唇を尖らせると、カカシの太腿にもう一度頭を乗せた。
「十二歳の時に、十二歳のカカシ先生に会いたかったな」
「‥‥‥どうして?」
「きっと物凄く綺麗で、サスケなんかよりもずっとくそ生意気で頭にくるぐらいできる子供だったんだろ?」
「そうらしいね」
十二歳の時には上忍になっていた。
そして。
‥‥‥親友の形見が左目に収まっていた。
「だからさ、こんな風に年を理由にして距離をとられるんじゃなくて、同じ目線で張り合いたかったってば。それで勝てなくても、いつか追いついてやるーってしつこく食らいついて」
そうすれば、きっと。
――――きっと。
「ナルト」
静かな声で名を呼ばれ、わかってると返した。
わかっているのだ。
年齢を理由にして距離を感じているのは自分の方だ。勝手に追いつけないと思い込んでいるのも。
どうしようもなくふがいない自分に自己嫌悪して落ち込んでいると、体温の低い手が頭を撫でてくる。‥‥‥こんな時ばかりは、子ども扱いが嬉しい。
かしかしと犬を撫でるような乱暴な手つきに苦笑する。この人は変なところで不器用だ。
「先生」
「んー?」
「いつかさ、子供に変化してエッチしてみねえ?」
「‥‥‥いつかね」
「約束な!」
「知ってるか? 大人の約束って破るためにあるんだよ」
「ひでえっ!」

 


その日の夜、見た夢は。
サスケとサクラと。それから、物凄く綺麗で物凄く生意気な子供と一緒に。
喧嘩して、泥だらけになって、大騒ぎしながら任務した、そんな夢だった。
そんな夢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
眼鏡

 

カカシは非番の日は眼鏡をかけている。
十二歳の時に左目を失い、すぐに親友の目を移植して隻眼になるのは免れたが、同時に様々な問題も起きた。
移植した親友の目が写輪眼なんていう血継限界そのものだったものだから、移植後のリハビリは血を吐く努力を必要としたのはもちろん。微妙なずれを見せる両眼はどちらに視点を合わせるか身体が迷った挙句、慢性的な頭痛と視力の低下をカカシに齎したのだ。
とはいえ、視力が落ちたといっても任務に支障はなかった。
もともと良かった嗅覚と聴覚が、視力が落ちたことで犬に負けない鋭さを極めたからだ。
雨で流されないかぎり残された匂いで追跡が可能。
何百という鳥の鳴き声からたった一羽を捕らえる耳。
忍犬と張るほどの嗅覚と聴覚を持つ人間など笑えないと、里の忍獣たちのケアを任されている犬塚家の女傑は呆れたものだ。

 

ともあれ。
カカシは非番の日は眼鏡をかけている。
細面の貌によく似合う、ノンフレームの細いタイプ。
「カカシ先生」
「んー?」
「か、かけていい?」
「いっぺん死ぬ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
眼鏡・その他の人々

 

 

カカシは非番の日は眼鏡をかけている。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ねえ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「そんな今すぐ食うかこのまま眺めてるか、究極の選択だみたいな顔で悩むのやめてくれる?」
「‥‥‥なんでわかった」
「おまえは自分が思ってるほどポーカーフェイスじゃないよ。坊や?」

 


――――――――

 

 


カカシは非番の日は眼鏡をかけている。
「カカシ先生、見て見てーv」
「あれ、どうしたの。それ」
「可愛いでしょ。火の国の都で人気の眼鏡屋さんが里に出店してきたのよ。フレームがプラスチックで素材は安いけど、その代わりいろんな色があって凄く可愛いの。お値段手頃だったから度の入ってない伊達眼鏡買っちゃった」
「へー。いいじゃない、ピンクのフレーム。似合うよ」
「おそろいねv」
「ははははははは、俺のは老眼鏡だからなあ」
「いやあああああああああっ! やめてええええええええっ! 夢を壊さないでえええっ!」
「はははははは、サクラは面白いなあ」

 


――――――――

 

 

カカシは非番の日は眼鏡をかけている。
「‥‥‥‥‥‥」
「ねえ」
「‥‥‥‥‥‥」
「風の国の酒を持ってきてくれたのは嬉しいけど、さっきからなんなのさ」
「‥‥‥‥‥‥カカシ先輩」
「なに?」
「かかかかかかかっかけていいですかっ?」
「ナルトと同レベルで嬉しいか、おまえ」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 駄目な大人

 

 

子供の頃、なんてだらしない大人だろうと思った。
いつも猫背。いつも眠そう。ゆったりとした動作と、手には毎回同じエロ本。
時間にルーズで指導も適当。何も教えてくれないくせに小さなミスも見逃さない。間違えている時点で教えてくれればいいのに、全部終わってから指摘する。ほんの一言注意してくれればこんなに手間をかけずにすんだのに。
そんなことが何度もあった。
なんてだらしない大人。
なんて尊敬できない大人。
あの人は何一つ教えてくれなかったけれど、たったひとつだけ大事なことを教えてくれた。
あんな大人にだけはなってはいけない。

 

現在、私は十六歳。
教えを乞う師匠は変わったけれど、里に残ったあの人の弟子は私一人になっていた。
教えられることはこれが最後。
そう呟いて異性の肌と腕の感触を教えられたのは二年前。 身体の内から血が流れ、硬かった身体が柔らかくなり始めた時期。
あの人の腕の中で私は女になった。
自分で考え、実行することで成長を促す。そんなあの人の方針から外れた、それは最後の指導だった。
箍の外れた感覚と甘い痛み。そして、綺麗なあの人に触れた幸福を教えられた。
あの人は優秀な教師だった。心も身体も女になっただけではなく、ただの一度で浅ましい雌にさせられた。最後の指導の後はしばらく、心も身体も鳴いて大変だった。
あの人が欲しい。あの人が欲しいと。
心と身体が鳴いた。啼いた。
啼き濡れた。
子供の頃、だらしない大人だと思っていた。どうしようもない大人だと。
でも、今は駄目な人だと思っている。
強くて強くて強くて、けれどもろい人。
綺麗で綺麗で綺麗で、でもこの世界の汚さを誰よりも知っている。
駄目な人だ。
どうしようもなく駄目な人だ。
だから。
私はあの人を抱きしめる。
強くて綺麗で賢くて、でも何もかも失ったあの人を。何もかもあきらめたあの人を。
彼もあいつも去ってしまったけれど、私も離れてしまったけれど、でも抱きしめられる距離にいる。触れられるほど近くにいて、手を伸ばさない理由はない。
私は綺麗になる。強くなる。賢くなる。
そしてこの身体を磨く。
雌であることにこれほど感謝したことはない。この柔らかい身体で、甘い肌で、しとどに濡れる泉で、あの人を少しでも癒せるのなら。
あの人を手に入れられるなら。

 

私はいくらでも駄目な大人になる。

 

「カカシ先生」
「んー?」
腕を伸ばして、抱きしめて、その唇に口付けて、舌を絡ませて、唾液を啜り、柔らかい身体を押し付けて、あの人の服を脱がす。あの人の肌に私の痕を残す。
駄目な大人になるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 柔らかな棘

 

 


ナルトの修行に付き合うようになって気付いたことがある。
「カカシ先生! 次頼むってばよっ!」
「ああ、いくよ」
ナルトの本体の掌の中とカカシの掌の中に、同時に螺旋丸が生み出される。
対峙するのはその技の発案者である四代目火影の遺児と、四代目の最後の弟子。血脈と技と想いを継ぐ者たち。
ふたつの螺旋丸がぶつかり合った。

 


「大丈夫ですか、先輩」
「どうにかね」
カカシは深く息をついた。
ひどく疲れているように見えるのは気のせいではないだろう。
カカシの螺旋丸はナルトの螺旋丸によって相殺どころか掻き消され、その衝撃はカカシを襲った。吹き飛ばされこそしなかったものの、地に膝を着いたカカシの疲労は並みでなく、慌てて騒ぐナルトの後頭部に一発くれたヤマトの手によって草地に横にされていたのだ。
「ナルトは?」
「自主トレしてますよ。成功した時の感覚を忘れないためにですって」
「おいおい。おまえがついてないでどうするのよ」
「抜かりはありません」
ヤマトはいい笑顔で言い切った。
「‥‥‥何したの」
「分身の一人でも暴走させたらここから里の大門まで全速力で往復二百回と言ってあります」
「そんなんで言うこと聞くの?」
「僕は先輩と違って恐怖政治も好きですから」
「‥‥‥おまえ、MのくせにSなところは変わりないねえ」
「Mなのは先輩にだけですよ。そこはお間違えないよう」
「はいはい」
カカシはバリバリと砂を含んだ髪をかき回した。
ぶつかり合った螺旋丸。
カカシには風の資質がない。
上忍ともなれば五つのチャクラを使いこなすことが出来るが、得手不得手はどうしてもできてしまう。カカシは雷の資質を生まれ持ち、後に身に着けた水と土のチャクラを得意とするようになったが、火と風は前者ほど扱えない。火はともかく、風はもっとも不得意とするところだろう。
不得意でありながら、カカシは螺旋丸を作り出すことが出来る。
それがカカシの才能なのか、写輪眼によるものなのかは別としても、さすがに技師と呼ばれるだけのことはあった。
自来也に言わせれば器用貧乏なだけらしいが。
カカシは、もう一度深く息をつく。
「‥‥‥年かねえ」
「しみじみ言うほどの年齢じゃないでしょう」
「まあ、そうなんだけど」
カカシの言いたいことはわかる。
写輪眼が収まっているかぎり、カカシの身体は常に不安定だ。三十代前の若さで華々しい功績を残してきたのは写輪眼のおかげであるかもしれないが、それは反面、忍びとしての耐用年数の短さをカカシに齎すのは誰の目から見ても明らかだった。
カカシは他人が思っているほど忍びであり続けることに固執していない。自分で使えないとわかれば、呆れるほどあっさりと今までの地位を捨てるだろう。だがそれは、まだ先の話だと思っていた。
だから。
ヤマトは、ナルトの修行に付き合うようになって気付いた。
カカシのその、自分の知る四代目の技を全てナルトに伝えるような、その姿勢に。
四代目から語り継がれた想いを、意思を、全てナルトに託すかのような。
まさか、とヤマトは眉を顰める。
カカシはナルトの成長をはかって自分のタイムリミットを決めているのだろうか。ナルトにはもう自分は必要ないと判断したら、まさか。
だとしたら。
「許せないな」
「は? なに?」
低く呟けば、聞き取り損ねたカカシが振り返る。
額当てと口布で覆われた見慣れた姿。
最前線で戦う忍びとしては制約がありすぎるが、それでもカカシは一流の忍びだ。才能があろうが、無限のチャクラを持とうが、たかが下忍一人の成長の度合いで引退など決められてはたまらない。
――――いい加減、返してもらおうか。
そうだ。ナルトがカカシを必要としないなら、それでいいではないか。いつまでもお守りがいる年じゃあるまいに、いい加減一人で地に立ってもらわなければ里としても困る。
カカシには暗部に戻ってもらえばいい。体力が持たなくなっているものの、カカシにはその知識と経験がある。作戦立案に回ってもらえばいいのだ。
仲間達もそれを望んでいる。
ナルトは正規軍で火影を目指せばいい。
カカシは暗部に返してもらう。
カカシは、ナルトのものではないのだから。
「テーンゾ」
突然、ぱちりと額を叩かれる。
はっと我に返れば、目の前に銀を散らした蒼い瞳が。
「おまえ、嫌なことを考えているな」
「‥‥‥そんなことありません」
「いーや。考えてるね。おまえがこーんな時から付き合いあるんだよ。誰がおまえのおしめを替えたと思ってんの」
「おしめを替えてもらった覚えもそんな腰の辺りまでの身長の時に面識ありません」
「ものの例えでしょ。第一、見るだけならこのくらいの時からあるもの」
「‥‥‥そうなんですか?」
「うん。大蛇丸が何やったか知っておきたかったから」
カカシはふと、視線を遠くした。
――――大蛇丸は、九尾と並んで木の葉での忌み名のひとつだ。けれど、カカシはそのどちらとも深い関わりがある。
九尾は師匠の遺児の腹の中に。
大蛇丸は、かつて幼いカカシの頭を撫でてくれた大人の一人だ。
カカシにとっては、大蛇丸は憎むことの出来ない相手なのだろう。その罪の重さを理解しながらも、排除しなければと思いながらも、それでも。
だから、大蛇丸が里を抜ける直前まで行っていた大罪を、自分の目で確かめたかったのかもしれない。
カカシは、ただ一人生き残った子供を見知っていた。虚ろな目をした子供を知っていた。初代の遺伝子を身の内に抱え、大蛇丸が去った後でさえ里の思惑に翻弄されるだろう子供の姿を。
その子供は今、虚ろだった琥珀色の目に深い知性の光を宿し、枯れ枝のようだった腕にたくましい筋肉をつけて、そしてカカシの目の前にいる。
「大丈夫だよ」
カカシは目を細めて笑った。
「‥‥‥僕が何を考えていたかわかってるんですか」
「わからないよ。でも、俺のことだよね」
ある意味自意識過剰とも取れる台詞を吐いて、カカシは笑う。
「俺はまだ大丈夫。そんな、今すぐ何もかも放り出したりしないよ」
「‥‥‥放り出したっていいです」
そうすれば、カカシを取り戻すのが早くなるのに。
「そうもいかないでしょ。ナルトはもちろん、おまえもまだまだ目が離せないからね」
「‥‥‥僕ですか?」
「そう。自覚しなさいね。おまえもまだまだ危なっかしいよ」
大蛇丸への憎しみを抑え切れなかったことを言っているのだろう。ヤマトは思わず気まずそうに目を逸らした。
「だから、心配しなくていいよ。お前たちの前に出て戦うことが出来なくなっても、背中だけは守るから」
背中を預けてくれていいから。
だから。
「おまえたちは、前を向いていなさい」

 


ナルトの修行に付き合うようになって、気付いたことがある。
想いと技を継ぐ者として、ナルトしか見ていないと思っていたその眼差しが。
時折、自分にも向けられていることに。
自分もまた、継ぐ者として見守られていた柔らかな想いが。
少し、くすぐったかった。